【井熊コラム#27】AIが代替するのは、仕事か、脳そのものか

· 井熊コラム

前回のコラムで、「昨今のAI関連の株価の急騰と比べるべきなのは1990年前後の不動産バブルではなくモータリゼーションかもしれない」、という話をしました。

モータリゼーションが可能にしたのは個人の自由な移動です。個人として自由に長距離移動できるようになったことが、いかに移動の欲望を掻き立て、需要を拡大したかは歴史が示しています。その代わり、人間は自由な移動のために膨大なエネルギーを消費することになりました。エネルギー的に言うと、自動車による移動は徒歩による移動に比べるはるかに効率の低い手段です。しかし、人間は一度手にした移動の自由を手放すことなくエネルギーを消費し続けています。

歩いたり走ったりすると多くのエネルギーが消費するように見えますが、人間が消費するエネルギーで最も多いのは人体を維持するための基礎代謝です。運動などにより消費されるエネルギーは基礎代謝の半分程度とされています。そして、基礎代謝の中でも脳の消費するエネルギーは5~4分の1程度にもなると言われます。

こう考えるとAIの普及とはモータリゼーションに続く人体の機能の外部化と拡張、と言えるのかもしれません。そして、自動車による移動がそうであったように、恐らく、AIによる脳の代替作業のエネルギー効率は脳にはるかに及ばないでしょう。それがデータセンターによる莫大なエネルギー消費と言えます。そしてまた、自動車による移動がそうであったように、人間は一度手にした、外部化された情報の収集、分析、整理、検討等の拡張機能を手放そうとはしないでしょう。

我々は、人体の機能の外部化と拡張のために大量のエネルギーを消費する、という道を歩み続けているのです。それが文明的な進化の実態でもありますから否定はしません。だとしたら、AIの普及のために我々は新しいエネルギーシステムを構築しなくてはなりません。そして、一度手にしたAIを手放そうとしない以上、それは国家や電力会社だけの課題ではなく、個人の生活スタイルや企業の経営判断にも関わってくるのです。