注目された米中の貿易協議は実質的な禁輸状態から、一定期間、関税を115%引き下げることで合意しました。トランプ関税にも、一定の冷静な路線があることを垣間見ることができました。一方で、関税協議の先に目を転じると、自由貿易の行方に立ち込める暗雲が見えてきます。
トランプ政権が強引な関税政策を展開してきた背景には、唯一の基軸通貨を持つアメリカが自由主義経済の盟主として自国市場を開放し、慢性的な経常赤字と財政赤字、所謂双子を抱え続けてきた歴史があります。その結果、自由主義陣営の盟主として地位を確固たるものとした反面、かつて世界をリードした鉄鋼、自動車、造船などの産業は厳しい状況に追い込まれました。
アメリカがそうした状況に耐えきれなくなったことで1985年のプラザ合意に至り、1990年代にはアメリカ経済の再興を目指した競争政策が講じられました。競争政策の想定外の成功の申し子がGAFAとも言えます。
しかし、デジタル産業が隆盛を極める一方で、競争政策の波に乗れなかった産業や地域の衰退を止めることはできませんでした。栄える産業と衰退する産業のギャップがトランプ政権を生み、政権への支持を背景に他国との関係を再構築しようとしているのが今回の関税政策と捉えることができます。この30年間、競争政策がどんなに成功しても全ての産業に恩恵が及ぶ訳ではないことを学んだ訳ですから、アメリカは衰退した産業や地域を守る政策に傾いていくことになるでしょう。
アメリカに関税の障壁が作られるのなら、アメリカ以外の国の間で自由市場を作ろうという話もありますが、上手くいかないと思います。圧倒的な規模の市場を抱えるアメリカですら耐えられなかった自由主義経済の冷徹な優勝劣敗の洗礼に他の国が耐えられるとは思えないからです。
自国産業の保護に固執した経済ブロックが乱立し世界経済が要塞化するのか、他国に配慮しながら自国の強みを活かした成長を目指す互恵互利の経済へと進化できるのか、世界は自由主義経済を支える「知」が問われる剣が峰に立っているのでしょう。